虞美人草 (角川文庫) - 夏目 漱石
昼ドラやトレンディードラマみたいなストーリーで面白い。
『三四郎』『それから』『門』が漱石の前期三部作と言われています。
『三四郎』は学生の生活や恋愛が描かれていて活気があったのですが、次の『それから』を読むと、高等遊民のおじさんが不倫をするというあまり活気のない物語でした。
『虞美人草』は『三四郎』と『それから』の間に来る世代の物語で、大学を出て間もない学士達の生活や恋愛が描かれています。だからこれらの作品が未読な方は『三四郎』の次に『虞美人草』を読むことをお勧めします。
男三人女三人の人間関係は現代のドラマにしても通じるような興味深いものです。
ただ、当時の家父長制というか男尊女卑の社会背景が歴然とあります。
女性の嫁入りは家の当主が決めるというような描写があって、当時は女性が自由に恋愛結婚することは難しいことだったのではないかと推測できます。
そして主人公の甲野藤尾は自由恋愛を望んだために悪者とされ、最後はなぶりもののような仕打ちにあって憤死してしまいます。
女性の恋愛に対しては漱石とはいえ当時の社会風潮の中での限界があったのだと思います。この結末は今では問題になるのではないでしょうか。だから本作品を映画化やドラマ化する際には結末の変更もやむなしだと思われます。
人間の怒りの感情は激しいもので、世界史上でも怒りのため憤死した何とかいう法王がいたというような話を高校時代の世界史の授業で聞いたことを覚えています。
しかし藤尾は今の感覚から言うと、ごく当たり前にいる生意気な才女です。倫理に反して不倫したり具体的な悪事を働いているわけではありません。
義父が口約束で決めた結婚相手を振って趣味の合う前途有望な青年と結婚しようとしているだけです。
倫理に反しているのは恩師の娘を捨てて金持ちの娘と結婚をしようとした小野清三の方ではないでしょうか。
最後に活躍して物語を引っ張ったのは宗近一。
宗近も藤尾を嫁にもらうつもりでいたのですが、物語を読むと、宗近と藤尾の絡みはほとんどありません。
常々宗近は藤尾にどんなフォローをしていたのでしょうか。
もし宗近が注意深く藤尾を見ていたら、藤尾の気が自分ではなく小野の方にあるということが分かりそうなものですが。
当時はこんな状態でいきなり結婚が決まったのでしょうが、現在ではこうはいきません。社会的に男尊女卑の構造は残っているとはいえ、恋愛・結婚市場では圧倒的な女性上位であります。現在では藤尾の行為はごく当然のことであり、宗近流は通じないし、当然私は敗残者であります。
しかし直前まで嫁にもらおうと思っていた人に残酷な仕打ちをして憤死にまで至らしめたのは、やはりやり過ぎだと言わざるを得ません。これは藤尾に小野との仲を見せつけられたことに対する可愛さ余って憎さ100倍の意趣返しではないかと邪推するのであります。
そもそも宗近の父親も妹も藤尾やその母親(謎の女)を嫌っています。一と藤尾が結婚してもお互いの家族が不仲なので幸せになるとは思えません。性格や趣味から見ても藤尾と相性がいいのは小野であり、宗近とは水と油です。一体何で宗近は藤尾と結婚しようと思っていたのでしょうか。
甲野欽吾に関して言えば、当時の家父長制に守られていると思います。
大学を出ても仕事をせずに亡き父親の遺産を相続して生活しています。
神経を病んでいて仕事ができないというようなことが示唆されています。
甲野が病気なのかどうか本当のところはどうか分かりませんが、私も似たような精神状態に長くあったこともあり、分かるような気がします。
私は人間関係の圧迫が臨界点を超えて重いうつ病を発症したのですが積極的思考だとかプラス思考だとか成功哲学とかいうような似非メンタル療法に洗脳されてしまいうつ病に対してプラス思考で対抗しようとしたためにもう何が何やら分からないような支離滅裂な言動をして支離滅裂な状態になり普通の対人関係が築けない状態に陥りました。当然仕事も続けられなくなり長い空白期間があったわけです。
浅井君が小野に言います。
「つまらんのう、あんな人間は。なんだか陰気くさい顔ばかりしているじゃないか」
「ああいう人間は早く死んでくれるほうがええ。」
何だか自分が言われたような気がします。多分私もそう思われていたのでしょう。
それはともかく、亡き父親の後妻である義母(謎の女)も家父長制の中では遠慮して甲野さんを立てています。
謎の女も悪者扱いされていますが、一応は甲野さんを立てているのです。
継子に関する不当な扱いというと、もっと酷い例が現実にもあるし文学作品でも描かれています。それと比べると謎の女の言動は現代から見て特に違和感ないものです。跡継ぎが仕事をしないでぶらぶらしているのが気になるのは当然です。
私も経験あるのですが、精神状態が悪いと被害妄想が強くなるものです。
甲野さんも藤尾や義母を悪く言っていますが、これも被害妄想かもしれません。精神状態が健全ならば少々の悪意は表面化せずに折り合いをつけて付き合っていけるものではないでしょうか。
本当に悪い義母なら、甲野さんが財産を譲ろうとしたり家を出ようとした時に断ろうとはせずに即刻財産を取り上げたり家を追い出したりするのではないでしょうか。
藤尾を憤死に至らす「十八」は残酷なのですが、それに続く「十九」はもっと残酷です。
宗近や甲野は娘が死んで悲しむ母親をなおも執拗に責めているのです。
今の常識的な感覚で見ると、遺族を責めるのはやり過ぎの感があります。
もし私が謎の女なら
「お前らの残酷な仕打ちで藤尾を殺された!訴えてやる!復讐してやる!」
……と怒り狂って一人ずつ暗殺していくかもしれません(『虞美人草殺人事件』)。
しかし結末はこれで良かったのでしょうか。
小野清三は身から出た錆だからどうでもいいとして、小夜子さんはどうなんでしょうか。今の感覚から見ると一度は自分を捨てた男とこんな強引な結婚をして納得できるのでしょうか。しかもその発表の場で一人憤死しています。呪われた結婚です。
小夜子の心が描かれていないのは、女の結婚は家父長が決めるという当時の社会を反映していると思います。
そして井上孤堂先生はどうなのでしょうか。孤堂先生と小野の間には今後もわだかまりが残ると思います。お互い気まずいでしょう。
しかしおそらく孤堂先生の健康状態はかなり悪いと思います。もう起き上がることはできず、長くはないのではないでしょうか。
面白いキャラだと思ったのは、浅井君。彼も井上先生と師弟関係があったようですが、一体どんな関係だったのでしょうか。
名前通り考えが浅いのでどんな人間なのかよく分かりません。多分どうでもいい人なのでしょう。
悪い人ではないのでしょうが人の心が分からないので簡単に縁談の破断交渉を引き受けて井上先生を激怒させます。
小野にもう一度話してくると言って退散して行った先がなぜか宗近家。
特に宗近と親しくなかったようなのに、一体何で宗近家に行ったのでしょうか。それが物語の劇的な結末につながるのだから、隠れたMVPというか好プレー珍プレー集要因です。
浅井君が宗近家に現れてから車が三挺出たということは、浅井君は宗近家でお留守番?その後どうしたのでしょうか。小野と小夜子の結婚式には出席したのでしょうか。
『吾輩は猫である』に登場する多々良三平君に通じる愛するべきキャラだと思います。
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『虞美人草』のキャラが転生したら『三四郎』キャラだった件
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辛酸なめ子の着物のけはひ 『虞美人草』夏目漱石
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夏目漱石の「虞美人草」を読了!あらすじや感想です!
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たんめん老人のたんたん日記
夏目漱石『虞美人草』(6)
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『虞美人草』(古き女性と近代女性)
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由紀草一の一読三陳
文芸はいかに道徳的であるべきか その5(「虞美人草」・作者は我の女をうまく殺せたか)
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