2014年12月01日

『三四郎』読書マラソン 10週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 42−46
http://t.asahi.com/go6c



夏目漱石「三四郎」(第四十二回)四の十四
http://t.asahi.com/glqn
http://t.asahi.com/glwp


 
「今これを売って株でも買って置くと儲(もう)かるんだが、仕方がない」
 ↑当時は本を売ると高く買ってくれたのでしょうか。
 今は本を売っても株なんか買えません。

 
「三四郎と美禰子は顔を見合せて笑った。」
 ↑私はこの、顔を見合わせるということができないのです。
 視線恐怖症なので目を合わすことができない。
 人の目を見ることができるようにすることから始めないと。

 
「三四郎は詩の本をひねくり出した。美禰子は大きな画帖(がじょう)を膝(ひざ)の上に開いた。」
 ↑広田先生は詩や美術にも造詣深いんですね。市井のディレッタントだ。

 
「三人は首を鳩(あつ)めて画帖を一枚ごとに繰って行った。色々な批評が出る。みんな好加減(いいかげん)である。」
 ↑私は子どもの頃からこういった、仲間と合評するということに飢えています。
 仲間がいない私には得ることができなかった経験。
 こういったシーンが挿入されているということも、私が『三四郎』を愛読する所以です。

 
「美禰子も尾(つ)いて出た。」
 ↑着替えを手伝うのでしょうか。非常に気が利きますね。
 これは、生まれつきなのでしょうか、それとも、女の作法として教わったものなのでしょうか。

 続きを読む
ラベル:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月24日

『三四郎』読書マラソン 9週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 37−41
http://t.asahi.com/glgl



夏目漱石「三四郎」(第三十七回)四の九
http://t.asahi.com/gizr
http://t.asahi.com/gj0e



「「アハハハ。アハハハ」
 偉人の態度はこれがために全く崩れた。交番の巡査さえ薄笑いをしている。」

 ↑一生懸命やってるつもりでも他人から見れば……。私にもよくあります。
 ネット上で一生懸命ブログを書いていても、所詮他人から見ればこんなものかもしれません。
 三四郎を見ていると、自分のことを書かれているようで恥ずかしくていたたまれなくなってきます。


「まるで浪漫的(ロマンチック)アイロニーだ」
 ↑絶妙のコメンテーター・与次郎。語彙も豊富そう。TVタレント向きではないでしょうか。


「その代り枝が半分往来へ逃げ出して、もう少しすると電話の妨害になる。」
 ↑「電話の妨害」とは?電話線を引く邪魔になるということなんでしょうか?


「桜の枯葉でも掃こうかしらんと漸(ようや)く気が付いた時、また箒(ほうき)がないという事を考え出した。」
 ↑掃除を頼まれて道具を忘れた。普通は備わってると思いますね。
 色々とシミュレートして準備しておくこと。

続きを読む
posted by うらなり三四郎 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

『三四郎』読書マラソン 8週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 32−36
http://t.asahi.com/gipl


 
夏目漱石「三四郎」(第三十二回)四の四
http://t.asahi.com/ggb0
http://t.asahi.com/ggbv


 
「君なぞは自分の坐(すわ)っている周囲方(ほう)二尺位の所をぼんやり照らすだけだから、丸行燈(まるあんどう)のようなものだ」
 ↑周囲をぼんやり照らしているだけでもすごいことです。私なんか自分自身がブラックホールや黒色矮星なんではないかと思ってるくらいです。
 今後、私にも周囲を照らすことができるようになるのでしょうか?

 
「小川君、君は明治何年生れかな」と聞いた。三四郎は単簡(たんかん)に、
「僕は二十三だ」と答えた。

 ↑明治23年生まれというわけでなく、年齢で答える。生年を聞かれて年齢で答えるのは先回りしたのか、ちぐはぐなのか。
 生年・年齢については4週目で書きました。
   http://sanshirou.seesaa.net/article/407457622.html


「二つ並べて見ると実に馬鹿気(ばかげ)ている。けれども誰も気が付かない、平気でいる。これが日本の社会を代表しているんだという。」
 ↑バランスが悪いとか統一感がないといった悪い意味で言ってるのでしょう。
 しかし、新しいものと古いものが違和感なく共存している、といういい意味でもあり得ます。
 要は、いい意味での共存ならいいのではないでしょうか。
 例えば、国際化とヘイトの共存などは真っ平ごめんです。


「三四郎は近来にない気楽な半日を暮したように感じた。」
 ↑与次郎や広田先生はいい道連れですね。
 こんな人になりたいものです。
 
続きを読む
ラベル:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月11日

再連載『三四郎』についてつぶやいた 7週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 28−31
http://t.asahi.com/gg20



夏目漱石「三四郎」(第二十八回)三の十四
http://t.asahi.com/gdz8
http://t.asahi.com/ge0p



「十五号室はどの辺になりましょう」
 ↑過去何度か来てたのなら知ってるはずでは?
 話しかける口実としては適切。咄嗟にこんな台詞が言えるとは、頭が切れる人。

 
「女に十五号を聞かれた時、もう一返よし子の室へ後戻(あともど)りをして、案内すればよかった。残念な事をした。」
 ↑私もよく、後から言動を後悔することがあります。
 知ってるはずの病室を問うた美禰子さんと、後から後悔する三四郎。
 対人能力の圧倒的な差。
(上から目線で指摘していますが、私自身、過去にも現在にも悩んでいる実体験から指摘しているのです)

 
「そのリボンの色も質も、慥(たしか)に野々宮君が兼安(かねやす)で買ったものと同じであると考え出した時、三四郎は急に足が重くなった。」
 ↑これを知ったら後に引くべき。一介の新入生の分際で、30そこそこで世界に名が知られ、庭・お手伝いさん付きの家を持った野々宮教授と張り合おうとするのは無茶というもの。

  
「おい何故(なぜ)休んだ。今日は伊太利(イタリー)人がマカロニーを如何(いか)にして食うかという講義を聞いた」
 ↑佐々木・マカロニー・与次郎登場。
 いつも重苦しい私としては、こんな風にいつも軽やかな人がうらやましい。

 続きを読む
ラベル:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月03日

再連載『三四郎』についてつぶやいた 6週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 23−27
http://t.asahi.com/gdgd



夏目漱石「三四郎」(第二十三回)三の九
http://t.asahi.com/gb47
http://t.asahi.com/gb5z


 
「一人になって落付くと、野々宮君の妹の事が急に心配になって来た。危篤なような気がする。」
 ↑少々過敏になっている。あまり正常とは思えない調子。汽車の中で魔性の女に会ってから調子が狂いっぱなしではないか。真面目な若者にとって時に異性は危険な存在になる。


「ああああ、もう少しの間(あいだ)だ」
 ↑疑問に思うのですが、家の外のつぶやきが聞こえるものでしょうか。現場までかなり走っているようだし。過敏となっている三四郎の神経がなした超常現象的効果なのでしょうか。

続きを読む
ラベル:三四郎 夏目漱石
posted by うらなり三四郎 at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月27日

再連載『三四郎』についてつぶやいた 5週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 18−22
http://t.asahi.com/gavi



夏目漱石「三四郎」(第十八回)三の四
http://t.asahi.com/g8s2
http://t.asahi.com/g8yf



「下宿屋のまずい飯を一日に十返食ったら物足りるようになるか考えて見ろ」
 ↑アドリブのきかない私としては、こんなうまい表現を当意即妙に言えるとはうらやましいことです。


「電車に乗るがいい」
 ↑文字通り、寓意がありそう。例えば他に「路地裏を歩き回るが良い」とかも言えそう。
 この件については読書会の議論のテーマとして色々語り合えそうですね。


「これから先は図書館でなくっちゃ物足りない」
 ↑現場でのフィールドワークと書物による理論構築の両方が必要、ということか?

続きを読む
ラベル:朝日新聞 三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

再連載『三四郎』についてつぶやいた 4週目

あらすじ 13−17
http://t.asahi.com/g8hr


 
夏目漱石「三四郎」(第十三回)二の五
http://t.asahi.com/g64w
http://t.asahi.com/g6ah


 
「隠袋(ポッケット)から半分封筒が食(は)み出している。その上に書いてある字が女の手蹟(しゅせき)らしい。」
 ↑この手紙、何だったのでしょうか?伏線なのでしょうか?ミステリー的な描写です。

 
「三四郎は憮然(ぶぜん)として読まないと答えた。野々宮君はただ
「そうですか」といったばかりである。」

 ↑会話が続かない。私もこんなことよくあります。
 こんな場合、うまく相槌を打って相手に気持ちよく話させると良いのか?
 齋藤孝先生の雑談力の本を読んで、色々考えるようになりました。

 
続きを読む
ラベル:朝日新聞 三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする