2014年12月22日

『三四郎』読書マラソン 13週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 56−60
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夏目漱石「三四郎」(第五十六回)六の一
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http://t.asahi.com/gtov



「その一人が一人に向って、〜〜〜というと、一人が〜〜〜と唄っていた。」
↑この2人は打てば響く応ずる関係。
 三四郎の場合、誰かに打たれても応じられないことが多いように思います。
 実は私も応じるのが苦手です。今まで数少ない打ってくれた人にすまないと思います。
 今後私にこのような人間関係が築けるのでしょうか。


「標題に大きな活字で「偉大なる暗闇(くらやみ)」とある。下には零余子(れいよし)と雅号を使っている。」
 ↑与次郎の活字デビュー!インターネットで誰でも文章を発表できるようになる前、自分の文章が活字になるというのはすごいことでした。私もいつかは私の文章が活字になればと夢見たものです。で、ブログやツイッターでの反応のなさを見て、実力不足を知ったのです。


「こうして輿論(よろん)を喚起して置いてね。そうして、先生が大学へ這入(はい)れる下地を作る……」
 ↑大風呂敷を広げたぞ。実現した夢は何でも最初は法螺だったのだ。その意気込みや良し。


「いや無勢力だから、実は困る」
「まあ好(い)いさ。書かんより増しだ」

 ↑私・荒馬紹介が論陣を張って輿論を喚起しようと思っても、吾がブログは無勢力だから、実は困る。
 まあ好いさ。書かんより増しだ。

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2014年12月16日

『三四郎』読書マラソン 12週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 52−55
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夏目漱石「三四郎」(第五十二回)五の七
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「黒い眼をさも物憂(ものう)そうに三四郎の額(ひたい)の上に据(す)えた。その時三四郎は美禰子の二重瞼(ふたえまぶた)に不可思議なある意味を認めた。その意味のうちには、霊の疲れがある。肉の弛(ゆる)みがある。苦痛に近き訴えがある。」
 ↑私は今まで、美禰子さんが三四郎を誘ったのだと思っていました。
 今回読んでみて、野々宮教授に何か思うところがあって切れて暴走したところに、三四郎が take advantage of したのかなとも思いました。
 ここら辺、色々な解釈ができて諸説が紛々しそうです。

 
 ↑私が三四郎ならどうするか。二人きりになってもチャンスを生かせそうにない。むしろ下手な言動をして軽蔑されそう。
 私なら同行者に伝えるのが最適だろう。まるで小学生が引率の先生に告げ口してるような。情けない。

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タグ:三四郎
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2014年12月08日

『三四郎』読書マラソン 11週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 47−51
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夏目漱石「三四郎」(第四十七回)五の二
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「死んだ兄さんが広田先生とは大変仲善(なかよし)だったそうです。」
 ↑美禰子さんの長兄も父母も亡くなっているようです。
 それでいて生活に苦労していないようで、一体どんな家庭環境なんでしょうか。
 三四郎でなくても知りたくなってきます。
 それにしても、早くに両親を亡くしているためか、美禰子さんは非常にしっかりして大人びています。

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タグ:三四郎
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2014年12月01日

『三四郎』読書マラソン 10週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 42−46
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夏目漱石「三四郎」(第四十二回)四の十四
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「今これを売って株でも買って置くと儲(もう)かるんだが、仕方がない」
 ↑当時は本を売ると高く買ってくれたのでしょうか。
 今は本を売っても株なんか買えません。

 
「三四郎と美禰子は顔を見合せて笑った。」
 ↑私はこの、顔を見合わせるということができないのです。
 視線恐怖症なので目を合わすことができない。
 人の目を見ることができるようにすることから始めないと。

 
「三四郎は詩の本をひねくり出した。美禰子は大きな画帖(がじょう)を膝(ひざ)の上に開いた。」
 ↑広田先生は詩や美術にも造詣深いんですね。市井のディレッタントだ。

 
「三人は首を鳩(あつ)めて画帖を一枚ごとに繰って行った。色々な批評が出る。みんな好加減(いいかげん)である。」
 ↑私は子どもの頃からこういった、仲間と合評するということに飢えています。
 仲間がいない私には得ることができなかった経験。
 こういったシーンが挿入されているということも、私が『三四郎』を愛読する所以です。

 
「美禰子も尾(つ)いて出た。」
 ↑着替えを手伝うのでしょうか。非常に気が利きますね。
 これは、生まれつきなのでしょうか、それとも、女の作法として教わったものなのでしょうか。

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2014年11月24日

『三四郎』読書マラソン 9週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 37−41
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夏目漱石「三四郎」(第三十七回)四の九
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「「アハハハ。アハハハ」
 偉人の態度はこれがために全く崩れた。交番の巡査さえ薄笑いをしている。」

 ↑一生懸命やってるつもりでも他人から見れば……。私にもよくあります。
 ネット上で一生懸命ブログを書いていても、所詮他人から見ればこんなものかもしれません。
 三四郎を見ていると、自分のことを書かれているようで恥ずかしくていたたまれなくなってきます。


「まるで浪漫的(ロマンチック)アイロニーだ」
 ↑絶妙のコメンテーター・与次郎。語彙も豊富そう。TVタレント向きではないでしょうか。


「その代り枝が半分往来へ逃げ出して、もう少しすると電話の妨害になる。」
 ↑「電話の妨害」とは?電話線を引く邪魔になるということなんでしょうか?


「桜の枯葉でも掃こうかしらんと漸(ようや)く気が付いた時、また箒(ほうき)がないという事を考え出した。」
 ↑掃除を頼まれて道具を忘れた。普通は備わってると思いますね。
 色々とシミュレートして準備しておくこと。

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posted by うらなり三四郎 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

『三四郎』読書マラソン 8週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 32−36
http://t.asahi.com/gipl


 
夏目漱石「三四郎」(第三十二回)四の四
http://t.asahi.com/ggb0
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「君なぞは自分の坐(すわ)っている周囲方(ほう)二尺位の所をぼんやり照らすだけだから、丸行燈(まるあんどう)のようなものだ」
 ↑周囲をぼんやり照らしているだけでもすごいことです。私なんか自分自身がブラックホールや黒色矮星なんではないかと思ってるくらいです。
 今後、私にも周囲を照らすことができるようになるのでしょうか?

 
「小川君、君は明治何年生れかな」と聞いた。三四郎は単簡(たんかん)に、
「僕は二十三だ」と答えた。

 ↑明治23年生まれというわけでなく、年齢で答える。生年を聞かれて年齢で答えるのは先回りしたのか、ちぐはぐなのか。
 生年・年齢については4週目で書きました。
   http://sanshirou.seesaa.net/article/407457622.html


「二つ並べて見ると実に馬鹿気(ばかげ)ている。けれども誰も気が付かない、平気でいる。これが日本の社会を代表しているんだという。」
 ↑バランスが悪いとか統一感がないといった悪い意味で言ってるのでしょう。
 しかし、新しいものと古いものが違和感なく共存している、といういい意味でもあり得ます。
 要は、いい意味での共存ならいいのではないでしょうか。
 例えば、国際化とヘイトの共存などは真っ平ごめんです。


「三四郎は近来にない気楽な半日を暮したように感じた。」
 ↑与次郎や広田先生はいい道連れですね。
 こんな人になりたいものです。
 
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タグ:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月11日

再連載『三四郎』についてつぶやいた 7週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 28−31
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夏目漱石「三四郎」(第二十八回)三の十四
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「十五号室はどの辺になりましょう」
 ↑過去何度か来てたのなら知ってるはずでは?
 話しかける口実としては適切。咄嗟にこんな台詞が言えるとは、頭が切れる人。

 
「女に十五号を聞かれた時、もう一返よし子の室へ後戻(あともど)りをして、案内すればよかった。残念な事をした。」
 ↑私もよく、後から言動を後悔することがあります。
 知ってるはずの病室を問うた美禰子さんと、後から後悔する三四郎。
 対人能力の圧倒的な差。
(上から目線で指摘していますが、私自身、過去にも現在にも悩んでいる実体験から指摘しているのです)

 
「そのリボンの色も質も、慥(たしか)に野々宮君が兼安(かねやす)で買ったものと同じであると考え出した時、三四郎は急に足が重くなった。」
 ↑これを知ったら後に引くべき。一介の新入生の分際で、30そこそこで世界に名が知られ、庭・お手伝いさん付きの家を持った野々宮教授と張り合おうとするのは無茶というもの。

  
「おい何故(なぜ)休んだ。今日は伊太利(イタリー)人がマカロニーを如何(いか)にして食うかという講義を聞いた」
 ↑佐々木・マカロニー・与次郎登場。
 いつも重苦しい私としては、こんな風にいつも軽やかな人がうらやましい。

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タグ:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする