2014年11月17日

『三四郎』読書マラソン 8週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 32−36
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夏目漱石「三四郎」(第三十二回)四の四
http://t.asahi.com/ggb0
http://t.asahi.com/ggbv


 
「君なぞは自分の坐(すわ)っている周囲方(ほう)二尺位の所をぼんやり照らすだけだから、丸行燈(まるあんどう)のようなものだ」
 ↑周囲をぼんやり照らしているだけでもすごいことです。私なんか自分自身がブラックホールや黒色矮星なんではないかと思ってるくらいです。
 今後、私にも周囲を照らすことができるようになるのでしょうか?

 
「小川君、君は明治何年生れかな」と聞いた。三四郎は単簡(たんかん)に、
「僕は二十三だ」と答えた。

 ↑明治23年生まれというわけでなく、年齢で答える。生年を聞かれて年齢で答えるのは先回りしたのか、ちぐはぐなのか。
 生年・年齢については4週目で書きました。
   http://sanshirou.seesaa.net/article/407457622.html


「二つ並べて見ると実に馬鹿気(ばかげ)ている。けれども誰も気が付かない、平気でいる。これが日本の社会を代表しているんだという。」
 ↑バランスが悪いとか統一感がないといった悪い意味で言ってるのでしょう。
 しかし、新しいものと古いものが違和感なく共存している、といういい意味でもあり得ます。
 要は、いい意味での共存ならいいのではないでしょうか。
 例えば、国際化とヘイトの共存などは真っ平ごめんです。


「三四郎は近来にない気楽な半日を暮したように感じた。」
 ↑与次郎や広田先生はいい道連れですね。
 こんな人になりたいものです。
 
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ラベル:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月24日

『三四郎』読書マラソン 9週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 37−41
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夏目漱石「三四郎」(第三十七回)四の九
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「「アハハハ。アハハハ」
 偉人の態度はこれがために全く崩れた。交番の巡査さえ薄笑いをしている。」

 ↑一生懸命やってるつもりでも他人から見れば……。私にもよくあります。
 ネット上で一生懸命ブログを書いていても、所詮他人から見ればこんなものかもしれません。
 三四郎を見ていると、自分のことを書かれているようで恥ずかしくていたたまれなくなってきます。


「まるで浪漫的(ロマンチック)アイロニーだ」
 ↑絶妙のコメンテーター・与次郎。語彙も豊富そう。TVタレント向きではないでしょうか。


「その代り枝が半分往来へ逃げ出して、もう少しすると電話の妨害になる。」
 ↑「電話の妨害」とは?電話線を引く邪魔になるということなんでしょうか?


「桜の枯葉でも掃こうかしらんと漸(ようや)く気が付いた時、また箒(ほうき)がないという事を考え出した。」
 ↑掃除を頼まれて道具を忘れた。普通は備わってると思いますね。
 色々とシミュレートして準備しておくこと。

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posted by うらなり三四郎 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

『三四郎』読書マラソン 10週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 42−46
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夏目漱石「三四郎」(第四十二回)四の十四
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「今これを売って株でも買って置くと儲(もう)かるんだが、仕方がない」
 ↑当時は本を売ると高く買ってくれたのでしょうか。
 今は本を売っても株なんか買えません。

 
「三四郎と美禰子は顔を見合せて笑った。」
 ↑私はこの、顔を見合わせるということができないのです。
 視線恐怖症なので目を合わすことができない。
 人の目を見ることができるようにすることから始めないと。

 
「三四郎は詩の本をひねくり出した。美禰子は大きな画帖(がじょう)を膝(ひざ)の上に開いた。」
 ↑広田先生は詩や美術にも造詣深いんですね。市井のディレッタントだ。

 
「三人は首を鳩(あつ)めて画帖を一枚ごとに繰って行った。色々な批評が出る。みんな好加減(いいかげん)である。」
 ↑私は子どもの頃からこういった、仲間と合評するということに飢えています。
 仲間がいない私には得ることができなかった経験。
 こういったシーンが挿入されているということも、私が『三四郎』を愛読する所以です。

 
「美禰子も尾(つ)いて出た。」
 ↑着替えを手伝うのでしょうか。非常に気が利きますね。
 これは、生まれつきなのでしょうか、それとも、女の作法として教わったものなのでしょうか。

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ラベル:三四郎
posted by うらなり三四郎 at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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