2014年12月16日

『三四郎』読書マラソン 12週目

夏目漱石「三四郎」あらすじ 52−55
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夏目漱石「三四郎」(第五十二回)五の七
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「黒い眼をさも物憂(ものう)そうに三四郎の額(ひたい)の上に据(す)えた。その時三四郎は美禰子の二重瞼(ふたえまぶた)に不可思議なある意味を認めた。その意味のうちには、霊の疲れがある。肉の弛(ゆる)みがある。苦痛に近き訴えがある。」
 ↑私は今まで、美禰子さんが三四郎を誘ったのだと思っていました。
 今回読んでみて、野々宮教授に何か思うところがあって切れて暴走したところに、三四郎が take advantage of したのかなとも思いました。
 ここら辺、色々な解釈ができて諸説が紛々しそうです。

 
 ↑私が三四郎ならどうするか。二人きりになってもチャンスを生かせそうにない。むしろ下手な言動をして軽蔑されそう。
 私なら同行者に伝えるのが最適だろう。まるで小学生が引率の先生に告げ口してるような。情けない。

 
 
(第五十三回)五の八
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「空の色が濁りました」
「重い事。大理石(マーブル)のように見えます」

 ↑「女には詩人が多いですね」と野々宮教授の言う(第50回)ように詩人らしい表現。
 美禰子さんのモデルは平塚らいてうということで、モデルの影響が残っているのでしょうか。
 しかし平塚らいてうは詩人というより、思想家・批評家・運動家のようです。

 
  [wikipedia:平塚らいてう]


「こういう空の下にいると、心が重くなるが気は軽くなる」
 ↑美禰子さんに影響されて、何やら支離滅裂なことを言う三四郎。
 自分でも意味が良く分かってないのではないでしょうか?
 そんなことより、早く皆のいる所に戻る方がいいと思います。





「場所が悪くはないですか」
 ↑一度受けたネタを後で再び持ち出すテクニックを「天丼」というそうです。
 まさしく「天丼」のテクニックが決まりました。
 しかしよく考えると、お客さんの呼び込みなんだから適切な場所なので、「場所が悪」いはずはありません。


「これは前句の解釈のために付けたように聞えた。」
 ↑こういう説明を読むと、美禰子さんは三四郎に好意を持っているようにも思えるし。
 本当に美禰子さんは三四郎をどう思っているのか、全く見当もつきません。


「正面から三四郎と美禰子を睨(にら)め付けた。その眼のうちには明かに憎悪の色がある。」
 ↑初めて読んだ時から、異常に怖いと思う部分。
 今までにも文学的・心理学的な解釈が色々とされてきたのでしょうね。


「責任を逃れたがる人だから、丁度好(い)いでしょう」
 ↑野々宮教授を批難しているように思えます。


「もう気分は宜(よ)くなりましたか。宜くなったら、そろそろ帰りましょうか」
「その時三四郎はこの女にはとても叶(かな)わないような気がどこかでした。」

 ↑私が三四郎の立場なら同じ展開になったと思います。
 私も美禰子さんにはとてもかないそうにありません。


「同時に自分の腹を見抜かれたという自覚に伴う一種の屈辱をかすかに感じた。」
 ↑「自分の腹」って、何ですか?私なら美禰子さんと付き合おうなんて大それたことは思いもしません。
 下心なく、美禰子さんを皆の居る所まで送り届ける使命を遂行するまでです。


■三四郎の風景 ストレイシープの謎
「美禰子の意味深な「ストレイシープ」は後年、様々な読み解きがされてきた。美禰子の本心は書かれていない。」
 ↑小説の登場人物のココロすら分からない私です。
 現実に生きている人間のココロが分からないのも仕方のないことですね。





「三四郎はこういう場合になると挨拶に困る男である。咄嗟(とっさ)の機が過ぎて、頭が冷かに働き出した時、過去を顧(かえり)みて、ああいえば好かった、こうすれば好かったと後悔する。」
 ↑私もそうです。私をモデルにしたのかと思うほど、三四郎は私にそっくりです。
 だから『三四郎』を読むと、過去の失敗を色々と思い出します。


「私そんなに生意気に見えますか」
 ↑美禰子さんにとって三四郎はトロすぎる。野々宮教授とは感性が合わない。
 美禰子さんは、能力も感性も見合った人を求めているのでは?
 与次郎とは会話の息が合っていたけど、与次郎との相性はどうなんだろう。


「厭味(いやみ)のある言い方ではなかった。ただ三四郎にとって自分は興味のないものと諦(あきら)めるように静かな口調(くちょう)であった。」
 ↑なんか優しいですね。美禰子さんがいい人のように思えるのは、こういったところです。


「美禰子も――美禰子はこんな所へ坐る女かも知れない。」
 ↑他の部分の美禰子さんの描写を見ると、とてもこんな所に座るような人に思えないのです。
 実際には座っていたのですが。矛盾だ。


「足の前に泥濘(ぬかるみ)があった。」
 ↑『こころ』でも、「先生」とK&お嬢さんがぬかるみで遭遇するシーンがありますね。





  
ありゃま商会 の回覧板 『三四郎』読書会
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posted by うらなり三四郎 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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